私が生まれ育った家屋は、障子(しょうじ)と襖(ふすま)に仕切られた部屋でした。リビング、寝室、そして、勉強部屋までもが全て障子や襖に囲まれていました。今思うと、自然に溶け込んだ情緒豊かな佇まいであったと思います。何とも言えない家庭のぬくもりがあったようにも感じます。ただ、その当時は、友達の住んでいる洋風の家に憧れをもっていて、障子やふすまはださいとか寒いとか、多少の不満を持っていたのも事実です。やはり、歳を重ねると原体験を思い出し哀愁と共に古き伝統を尊ぶようになりますね。
この機会に、障子と襖について勉強をしましたところ、それぞれの素晴らしさを再認識できました。

もともと、障子の「障」は、「遮る」「隔てる」「塞ぐ」などの意味を持ちます。障子とは元来、縁の内側、窓、室内の境に建てる建具を総称するものでした。私の故郷、町では地場産業の一つが建具業でした。街中にはたくさんの建具屋さんがあり障子や襖をつくっていました。(最近はご多分にもれず廃業しているところが多いのですが)
古い時代では、現在の襖を「障子」、現在の障子を「明り障子」と呼び区別していたとされています。障子は、遠く平安時代から日本人の暮らしに溶け込み、豊かな文化を育んできたそうです。それまでに様々な素材や機能、造形美をふんだんにとり入れてきました。そして今日、嬉しいことに現代的なインテリアとして見直されています。

青木邸の障子

青木邸の障子

最近では、和室はもちろん、洋室やホテル、マンションの内装、高層建築など、新しい分野へと広がっています。

青木邸の襖

青木邸の襖

障子という言葉は中国伝来ですが、「ふすま」は日本独特の呼び名のようです。「ふすま障子」が考案された初めは、御所の寝殿の中の寝所の間仕切りとして使用されていたそうです。そう言う意味ではとても格式のある部屋にもちいられていたのですね。寝所は「衾所(ふすまどころ)」と言われていました。「衾」は元来「ふとん、寝具」の意です。このため、「衾所の衾障子」と言われていたようです。